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山口家庭裁判所 昭和52年(少ハ)1号 決定

少年 M・R子(昭三二・五・一四生)

主文

1  本件戻し収容の申請を却下する。

2  本件窃盗保護事件につき、少年を保護処分に付さない。

理由

1  本件戻し収容申請の理由の要旨は、以下のとおりである。

(1)  少年は、昭和五〇年七月七日山口家庭裁判所岩国支部においてぐ犯・窃盗保護事件で中等少年院送致の決定を受け、貴船原少女苑に収容され、昭和五一年一一月一〇日少女苑を仮退院して山口県光市大字○○○××××番地実父M・Tの許に帰住したものである。

(2)  しかるに、少年は昭和五一年一一月二〇日から同月二九日まで、及び同年一二月四日から昭和五二年一月二五日まで二回保護者に無断で家出をして故意に保護観察から離脱し、昭和五一年一一月二八日午後五時一〇分ころ山口県岩国市○○○町×丁目×番×号株式会社○○○岩国店において、同店長○田○正管理にかかるジャケット一枚(時価八、九〇〇円相当)を窃取した(昭和五二年少第五七号窃盗保護事件)。

(3)  上記のほか仮退院後の少年の行状は、保護者、保護司の助言指導を無視し、岩国市に赴き、過去問題とされた外人兵士らとその住居に同居したりなどする有様で、仮退院に際して誓約した「嫌なことがあればすぐ自分勝手な行動に出る悪いくせをなおすよう努力すること、保護司・保護者の指導助言によく従うこと、家出・外泊はしないこと。」等の特別遵守事項を守らず、勝手気儘で自己中心的な思考・行動に終始し、上記窃盗(万引)にも見られるように衝動的な心理機制がなお残存している現状にあり、このまま社会内処遇の方法を継続しても少年の更生を期することは極めて困難であり、却つて、再び非行への途を辿る危険性が多分に存するものである。

(4)  よつて、この際少年の将来のため、今一度少年を矯正施設に戻して収容し、社会適応性の涵養と恣意即行的性格の陶冶をはかる必要がある。

2  よつて審案するに、申請記録、少年調査記録、少年及び保護者M・Tに対する各審問の結果によれば、少年の入院及び仮退院後の事情は、上記1の(1)(2)記載の事実のほか上記特別遵守事項に違背する行状が多くあつたことを認めることができる。

そこで、この際少年を再び少年院に戻して収容する必要があるか否かを検討する。

(1)  少年は父M・T(昭和一三年生れ)、母M・R子(昭和一二年生れ)の長女として生れ(双生児の妹二名あり。)○○大学附属○○小・中学校を卒業し、昭和四八年四月岩国市所在の私立○○高等学校へ入学し、同市内の伯父(母の兄)宅に寄宿していたが、校外での英語の勉強の関係でアメリカ人やインド人と交友しているうち、家出行為等の非行に及び、昭和五〇年七月七日上記のとおり中等少年院送致の決定を受けたものである。

(2)  少年の知能はIQ一二一(昭和五二年二月、新制田中BII式)で、英検二級、珠算四級の資格をもち、映画・音楽の鑑賞を好み、容姿は整つているが性格はヒステリー性性格への偏りが強く、当然のことながら人格的には未熟で、もろもろの劣等感ないし屈辱感をうまく超克することができず、これらとの葛藤から、社会的には枠組を外れた行動現象、つまり岩国基地のアメリカ軍人らとの接触に及んでいるものであつて、少年自身にとつては、このような自由で人のなさないことを遂行し、それに自己の生命を燃焼させることに、潜在的にもせよ自らの生き甲斐を感じ、情緒の安定を得ようとしているものと考えられる。

(3)  貴船原少女苑では、少年に対し主として社会的枠組内での規則正しい生活習慣修得への馴致が試みられたものと思われるが、英検一級の取得をめざしての通信教育の受講希望も、非行との関連で不許可になるなど、少年の志向、つまり個性を生かして生きて行きたいとの願望はきき入れられず、ために、少年は自己防衛的ないし敵対的態度に終始し、本質的には何ら改善されることなく(尤も、長期収容により欲求不満に対する耐性はかなり高まつたものと思われる。)仮退院し、父母の許へ帰住して家業(食肉販売業)の手伝いをしていたが、家族との同居生活に耐えきれず、日ならずして岩国市へ転出したものである。

(4)  少年の父M・Tは、少年の再度の岩国転出にいたく苦悩し、それを阻止するには戻し収容よりほかにないと思いつめて担当保護観察官にその旨願い出たものであるが、少年が家族との同居生活を嫌う理由を洞察し得たのか、少年の岩国で働きたいとの願望を認め、今後は少年との連絡を常に保ち、妻と共に少年を見守つて行く、と考えを改め、担当保護観察官も岩国駐在の保護司に担当を変えるなりしてその実をあげることも考えているようである。

(5)  以上のことを総合して考察すると、少年を再び戻して少年院に収容するよりは、間もなく少年が満二〇歳に達するのを契機に、岩国で働きたいという少年の願望を認め、自覚と任感をもたせるという形で、少年がその個性と才能に適した分野でほこりをもつて力強い人生を送るよう、保護者らが温く見守つて行くのが最も適当な方法であると思料する。

3  よつて、本件申請は、その理由がないから犯罪者予防更生法第四三条第一項、少年院法第一一条第三項、少年審判規則第五五条を適用し、窃盗保護事件については別件保護中につき少年法第二三条第二項を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 中村行雄)

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